グリーンインフラ×都市農業:地域資源を活用した多機能空間創出の可能性
はじめに
近年、気候変動への適応・緩和、生物多様性の保全、都市における生活環境の質の向上といった多様な課題に対応する手段として、グリーンインフラへの注目が高まっています。グリーンインフラは、自然のもつ機能を社会的な課題解決に活かす考え方であり、単なる緑地の整備にとどまらず、土地利用や社会基盤整備と一体的に捉えられています。
このような背景の中で、都市部やその近郊で行われる「都市農業」が、グリーンインフラとしての新たな可能性を持つことが認識されつつあります。都市農業は、食料生産という本来の機能に加え、都市環境の改善や地域社会の活性化に貢献する多機能性を有しており、これをグリーンインフラの視点から評価し、積極的に活用する動きが見られます。
本稿では、都市農業がグリーンインフラとして発揮する多機能性とその効果、そして自治体における導入に向けた視点や今後の展望について解説します。
グリーンインフラとしての都市農業が持つ多機能性
都市農業は、その土地利用の形態や営みを通じて、多様なエコシステムサービスや社会経済的な機能を提供します。これらはグリーンインフラの目指す多機能性に合致するものです。
環境負荷軽減・気候変動適応への貢献
- 雨水管理機能: 農地や樹園地は、降雨を一時的に貯留・浸透させる機能があり、都市部における雨水流出抑制や内水氾濫のリスク軽減に寄与します。特に、不透水域の増加が進む都市において、貴重な透水・保水空間となります。
- ヒートアイランド緩和: 作物や樹木の蒸散作用により、周辺の気温上昇を抑制する効果が期待できます。都市内の緑地として、熱環境の改善に貢献します。
- 大気質改善・騒音軽減: 植物による大気中の汚染物質の吸着やCO2の吸収、葉による騒音の吸収・反射といった効果があります。
- 生物多様性保全: 農地やその周辺の緑地は、多様な動植物の生息・生育空間となり得ます。特に、都市部に残された貴重な緑として、生物多様性の維持に貢献します。
食料安全保障と地域経済への貢献
- 食料生産・供給: 都市内での食料生産は、輸送にかかるエネルギー消費の削減(フードマイレージ低減)に繋がり、地域の食料安全保障にも寄与します。新鮮な農産物の供給源として、住民の食生活を豊かにします。
- 地域経済活性化: 地産地消の推進、直売所や観光農園による交流人口の増加、関連産業(農業資材、加工、販売等)の育成、新たな雇用の創出といった地域経済の活性化に貢献する可能性があります。
社会・文化的な機能
- 教育・レクリエーション: 体験型農園、学校農園などは、子どもから大人までが農業や自然に触れる教育の場、レクリエーションの場となります。食育や環境学習の機会を提供します。
- コミュニティ形成: 農作業を通じた住民同士の交流や、農地を核とした地域のイベント開催などにより、コミュニティの醸成や活性化に寄与します。
- 景観向上: 季節ごとに変化する農地の景観は、都市部に潤いと安らぎを与え、良好な都市景観の形成に貢献します。
自治体におけるグリーンインフラ×都市農業導入の視点
都市農業をグリーンインフラとして計画・推進していくためには、従来の農業政策や都市計画といった縦割りの視点だけでなく、分野横断的な連携が不可欠です。
- 多機能性の評価と可視化: 都市農業が持つ多様な機能(環境、防災、景観、教育、福祉など)を定量・定性的に評価し、その価値を住民や関係者に対し分かりやすく示すことが重要です。エコシステムサービス評価の手法や、GIS(地理情報システム)を用いた空間分析などが有効です。
- 計画への統合: 都市計画マスタープラン、緑の基本計画、農業振興計画、地域防災計画など、関連する各種計画において、都市農業をグリーンインフラの一つとして明確に位置づけ、土地利用規制やゾーニング、誘導策を検討します。
- 官民連携・地域連携: 農地所有者、農業者、住民、NPO、企業、研究機関など、多様な主体との連携が重要です。市民農園、シェアリング農業、企業のCSR活動としての農園活用など、様々な形態での協働を推進します。
- 遊休地・未利用地の活用: 都市内に点在する遊休農地や未利用地を、都市農業グリーンインフラとして活用するためのマッチング支援や制度設計が求められます。
- 資金調達: 補助金、交付金だけでなく、クラウドファンディング、グリーンボンド、企業版ふるさと納税など、多様な資金調達手法の活用を検討します。
- 住民理解と合意形成: 都市農業の多機能性や公益性について、住民への丁寧な説明と対話を行い、理解と協力を得る取り組みが必要です。ワークショップや体験イベントの開催などが有効です。
導入事例(概念的な記述)
一部の自治体では、公園内に市民が利用できる体験農園を設置したり、学校跡地や河川敷などの遊休地を活用して地域住民が運営する菜園を整備したりする取り組みが進められています。また、大規模建築物の屋上を活用した商業的な屋上農園や、企業の福利厚生としての社員向け農園なども見られ、これらが都市の緑化、ヒートアイランド対策、コミュニティ形成などに貢献しています。これらの事例は、都市農業が単なる生産活動に留まらず、多様な機能を持つ「空間」として捉えられ始めていることを示唆しています。
今後の展望
都市農業をグリーンインフラとして捉えることは、持続可能な都市づくりに向けた重要な視点となります。食料生産機能と、環境改善、防災、社会コミュニティ形成といった機能を統合的に扱うことで、限られた都市空間における土地利用の最適化と、多様な都市課題の同時解決に繋がる可能性があります。
今後は、都市農業が発揮する多機能性の科学的な評価をさらに進め、政策決定における根拠を強化することが求められます。また、都市農業の担い手育成や、新たな技術(スマート農業技術の活用など)の導入支援も、持続的な運営には不可欠となります。
自治体においては、関係部署(農業、都市計画、公園緑地、防災、福祉、教育など)間の連携を強化し、都市農業を包括的なグリーンインフラ戦略の一環として位置づけることが、その可能性を最大限に引き出す鍵となるでしょう。グリーンインフラとしての都市農業は、未来の都市のあり方を示唆する重要な要素の一つと考えられます。
まとめ
本稿では、都市農業がグリーンインフラとして持つ多機能性に着目し、その環境的、食料供給的、社会経済的な効果について論じました。都市農業は、雨水管理、ヒートアイランド緩和、生物多様性保全といった環境機能に加え、食料安全保障、地域経済活性化、コミュニティ形成など多様な価値を提供します。自治体がこれらの多機能性を認識し、都市計画や関連政策に統合することで、持続可能な都市づくりや地域活性化に貢献する多機能空間を創出できる可能性を示しました。今後の政策立案や具体的な事業推進において、グリーンインフラとしての都市農業の視点がさらに活用されることが期待されます。