グリーンインフラを活用した地域防災力の強化:具体的な取り組みと評価手法
はじめに
近年、気候変動の影響により、集中豪雨や台風などによる自然災害のリスクが高まっています。こうした状況において、従来のハード対策に加えて、自然の機能を活用した「グリーンインフラ」への注目が高まっています。グリーンインフラは、生態系の持つ多様な機能を活用し、持続可能な社会の構築を目指す取り組みであり、地域が直面する様々な課題、特に防災・減災においてもその効果が期待されています。本稿では、グリーンインフラが地域防災力の強化にどのように貢献するのか、具体的な取り組み事例と効果の評価手法について解説します。
グリーンインフラが発揮する主な防災・減災効果
グリーンインフラは、単一の機能ではなく、複数の生態系サービスを同時に提供することが特徴です。防災・減災の観点からは、主に以下の効果が期待できます。
- 雨水管理機能の向上: 森林、農地、公園、緑地などが持つ土壌の保水・貯留機能や、植生による蒸発散作用により、雨水の流出抑制やピーク流量の緩和に寄与します。都市部においては、屋上緑化、壁面緑化、透水性舗装、雨水浸透施設などが有効です。これにより、内水氾濫のリスクを低減できます。
- 土砂災害の抑制: 森林の根系が土壌を保持し、斜面の崩壊を防ぎます。また、適切な植生管理は、表層侵食の抑制にもつながります。
- 河川堤防の強化・安定化: 河川敷の植生は、洪水時の水流速度を緩和し、堤防への負荷を軽減する効果が期待できます。
- 沿岸域の防災: 干潟、湿地、マングローブ林などは、高潮や津波のエネルギーを吸収・減衰させる効果や、海岸浸食を抑制する効果を持ちます。
- ヒートアイランド現象の緩和: 都市部の緑地や水辺は、蒸発散作用や日陰の提供により気温上昇を抑制し、熱中症リスクの低減といった二次的な防災効果をもたらします。
具体的な取り組み事例
いくつかの自治体では、グリーンインフラを防災・減災対策として積極的に導入しています。
例えば、ある都市部では、公園の地下に雨水貯留施設を整備するとともに、公園全体を透水性舗装や雨水浸透マス、植栽によって雨水管理機能を強化しています。これにより、周辺市街地の内水氾濫リスクを低減することが期待されています。また、整備された公園は平常時には市民の憩いの場として利用されており、複数の機能を発揮するグリーンインフラの好事例と言えます。
別の事例として、山間部を抱える自治体では、荒廃した森林の間伐や広葉樹の植栽を進め、水源涵養機能および土砂流出抑制機能を高める取り組みが行われています。こうした森林整備は、下流域における洪水リスクの低減にもつながります。
さらに、河川改修において、コンクリート護岸だけでなく、多自然型川づくりを取り入れ、植生を活用した緩やかな河岸を整備することで、生物多様性の向上と同時に、洪水時の水流緩和効果や河川堤防の安定化を図る事例も見られます。
これらの事例は、地域の自然条件や課題に応じて、多様な形態のグリーンインフラが防災・減災に貢献できることを示しています。
防災効果の評価アプローチ
グリーンインフラの防災効果を定量的に評価することは、その導入効果を説明し、政策決定や予算確保の根拠とする上で重要です。評価アプローチにはいくつかの方法があります。
- 水文シミュレーション: 降雨データや土地利用、地形データを用いて、グリーンインフラ導入前後の河川流量や貯留量の変化、浸水範囲などを予測する手法です。これにより、雨水流出抑制効果や内水氾濫の軽減効果を定量的に示すことが可能です。
- 土砂流出シミュレーション: 植生の種類や被覆率、地形データなどを用いて、土砂流出量や斜面安定性の変化を評価します。
- モニタリング調査: 実際にグリーンインフラを整備した箇所で、降雨時の水位、流量、土壌水分量などを継続的に観測し、効果を実測データとして把握する手法です。長期的なデータ蓄積により、より信頼性の高い評価が可能となります。
- 経済的評価: 被害軽減効果(浸水面積の減少による建物・資産への被害額低減、交通障害の減少など)を金額換算することで、グリーンインフラ投資の費用対効果を評価するアプローチです。防災対策としてのコスト削減効果を示す際に有効です。
これらの評価手法を組み合わせることで、グリーンインフラが地域防災力の向上にどのように貢献しているのかを多角的に分析し、その効果を具体的に示すことが可能となります。特に、シミュレーション結果や経済的評価は、住民説明や関係機関との協議において、導入の必要性や効果を説得的に伝えるための根拠となります。
計画・導入における留意点
グリーンインフラを防災・減災対策として計画・導入する際には、いくつかの留意点があります。
- 地域特性の把握: 対象地域の地形、地質、水文特性、既存のインフラ、植生、土地利用などの特性を十分に把握することが不可欠です。これにより、最も効果的なグリーンインフラの種類や配置を検討できます。
- 既存インフラとの連携: 従来のダム、堤防、下水道といったグレーインフラとグリーンインフラを組み合わせる「ハイブリッドインフラ」の視点が重要です。両者の機能を最大限に引き出す統合的な計画が必要です。
- 長期的な視点と維持管理: グリーンインフラの効果は、時間の経過とともに変化する場合や、適切な維持管理があって初めて持続する場合があります。計画段階から長期的な視点を取り入れ、維持管理計画を策定することが重要です。
- 関係者間の連携: 都市計画、防災、河川管理、農業、林業など、複数の部局や関係機関との連携が必要です。また、住民や地域のNPOなどとの協働も、円滑な導入と維持管理のために重要となります。
まとめ
グリーンインフラは、単なる緑化や景観向上にとどまらず、雨水管理、土砂災害抑制、沿岸防災など、多様な生態系機能を通じて地域防災力の強化に大きく貢献する可能性を秘めています。具体的な取り組み事例は全国各地で展開されており、その効果を水文シミュレーションやモニタリング、経済的評価といった手法で定量的に示す試みも進んでいます。
地方自治体においては、地域の防災課題を解決するための有効な選択肢として、グリーンインフラの導入を積極的に検討することが期待されます。地域特性を踏まえ、既存インフラとの連携を図りつつ、長期的な視点での維持管理計画を策定し、関係者間の連携を密にすることで、グリーンインフラは持続可能でレジリエントな地域社会の実現に貢献するものと考えられます。