グリーンインフラ最新動向

生物多様性保全に貢献するグリーンインフラ:計画・導入における視点と事例

Tags: グリーンインフラ, 生物多様性, エコロジカルネットワーク, 保全, 事例, 計画

はじめに

近年、都市化や気候変動の影響により、生物多様性の喪失が世界的な課題となっています。生物多様性は、私たちが必要とする食料、水、空気などを供給する多様な生態系サービスの基盤であり、その保全は人類の持続的な発展にとって不可欠です。グリーンインフラは、防災・減災、景観形成、快適性向上など多様な機能を発揮しますが、その重要な機能の一つに生物多様性の保全と回復への貢献があります。本稿では、グリーンインフラが生物多様性保全にどのように貢献するのか、その計画および導入において考慮すべき視点、具体的な事例、そして今後の展望について概説します。

グリーンインフラと生物多様性保全の関係性

グリーンインフラは、自然が有する多様な機能を活用し、持続可能な社会づくりを目指す考え方および具体的な取り組みです。単なる緑化や公園整備にとどまらず、森林、農地、河川、湿地、都市の緑など、様々な形態の自然空間や半自然空間をネットワークとして捉え、多機能な空間として整備・活用します。

このグリーンインフラの考え方は、生物多様性保全において特に重要です。従来の生物多様性保全は、国立公園などの保護区指定や、特定の希少種の保全といった点的な取り組みが中心となる傾向がありました。しかし、生物は移動し、それぞれの生息環境が相互に繋がっている必要があります。グリーンインフラは、点在する緑地や水辺を「緑の回廊」や「飛び石」のようにつなぐことで、生物の移動経路を確保し、分断された生態系をつなぎ直す役割を果たします。これは「エコロジカルネットワーク」の形成と呼ばれ、より多くの生物種が生息・移動できるようになり、地域の生態系の安定性や回復力を高める効果が期待できます。

また、グリーンインフラは、多様な環境を提供することで生物種の多様性を高めます。例えば、樹木の種類を多くしたり、草地、水辺、裸地といった多様な環境構造を組み合わせたりすることで、様々な生物が生息しやすい空間を作り出すことが可能です。在来種の植物を積極的に使用することは、地域の生態系に適応した生物を呼び込み、外来種による生態系の撹乱を防ぐ上でも重要です。

生物多様性保全を意識したグリーンインフラの計画・導入における視点

生物多様性保全に貢献するグリーンインフラを計画・導入する際には、以下の視点が重要となります。

1. 地域固有の生物多様性特性の把握

計画地の地形、地質、気候、植生といった自然条件に加え、どのような生物種が生息しているか、希少種や固有種は存在するか、生物多様性のホットスポットや分断されているエリアはどこかなどを詳細に調査・把握することが出発点となります。地方版レッドリストや生態系ネットワーク計画などの既存情報を活用することが有効です。

2. エコロジカルネットワークの形成

既存の緑地や水辺、潜在的な緑化可能地などを地図上に示し、これらをどのように連携させるか、生物の移動経路となる回廊や中継点( stepping stone )をどこに設けるかを検討します。河川や海岸線沿いの緑地、鉄道や道路沿いの植栽帯、公園、学校緑地、企業の敷地など、既存の様々な緑や水辺を活用し、面的・線的なネットワークを構築する視点が不可欠です。広域的な生物の移動を考慮する場合、複数の自治体にまたがる連携も重要となります。

3. 多様な生態系タイプの導入

森林、農地、草地、湿地、ため池、河川、屋上緑化、壁面緑化など、多様な生態系タイプを組み合わせることで、より多くの生物種にとって魅力的な空間を創出します。例えば、都市部でも小さなビオトープや水盤を設けること、壁面緑化に様々なツル植物を用いることなどが多様性の向上に繋がります。

4. 在来種の活用

地域の気候風土に適した在来種の植物を植栽の中心とすることで、その植物を食草や隠れ家とする地域の昆虫や鳥類などを呼び込みやすくなります。外来種は、在来種の生態系に影響を与える可能性があるため、使用には慎重な検討が必要です。

5. 長期的な維持管理計画

導入されたグリーンインフラが生物多様性保全に継続的に貢献するためには、適切な維持管理が不可欠です。例えば、生物の産卵や営巣期を避けた刈り取り・剪定、農薬や化学肥料の使用抑制、外来植物の適切な除去などが含まれます。

具体的な自治体での取り組み事例

生物多様性保全を目的としたグリーンインフラの取り組みは、各地で進められています。

例えば、ある市では、準絶滅危惧種に指定されている特定の昆虫の生息地が減少している課題に対し、河川沿いの帯状の緑地を保全・拡大するとともに、市内各所に点在する市民農園や学校緑地において、その昆虫の食草となる植物を植栽する取り組みを進めています。これらの緑地を「昆虫回廊」としてネットワーク化することで、個体群の分散と交流を促進し、種の存続可能性を高めることを目指しています。計画段階で地域の生態系専門家や市民団体と連携し、昆虫のライフサイクルに合わせた維持管理方法も検討されました。

また別の県では、県土全体を対象に、主要な山地、河川、里地里山、都市内の緑地などを結ぶエコロジカルネットワーク基本計画を策定しています。この計画に基づき、市町村や民間事業者と連携し、分断された森林間の接続、ため池の生物多様性機能回復、農地の多面的機能維持といったプロジェクトを推進しています。データとしては、特定の鳥類やチョウの生息域が、計画の推進とともに徐々に拡大傾向にあるという中間報告が挙げられています。

これらの事例に共通するのは、単一の緑地整備にとどまらず、地域全体の生態系を俯瞰し、ネットワーク形成や長期的な視点を持つことの重要性です。

課題と展望

生物多様性保全に貢献するグリーンインフラの推進には、いくつかの課題も存在します。生物多様性の変化は長期間を要する場合が多く、その効果を定量的に評価・可視化するための適切なモニタリング手法や指標の確立が求められています。また、生物多様性保全の重要性やグリーンインフラの役割について、住民や関係者の理解を深め、共感を醸成することも重要です。

今後の展望としては、AIやリモートセンシング技術を活用した広域的な生態系モニタリングの効率化、市民参加型の生物多様性調査の拡大、そして、生物多様性保全を経済活動の中に統合するネイチャーポジティブな取り組みとの連携が考えられます。グリーンインフラが、防災、景観、快適性といった機能と同時に、生物多様性の回復・向上という喫緊の課題解決に貢献する重要なツールとして、さらに広く認識され、計画・導入が進むことが期待されます。

おわりに

グリーンインフラは、持続可能な社会の構築において、生物多様性保全という重要な役割を担います。地域固有の生態系を理解し、ネットワークの視点を持ち、多様な主体と連携しながら計画的に導入・管理を進めることが、生物多様性の豊かな地域づくりに繋がります。本稿で紹介した計画・導入における視点や事例が、皆様のグリーンインフラ推進の一助となれば幸いです。