農業・林業分野と連携したグリーンインフラ活用:地域資源の多機能化と活性化への貢献
はじめに
近年、都市部のみならず、農山村地域においてもグリーンインフラの概念を取り入れる動きが見られています。特に、農業や林業が営まれてきた土地やその周辺の自然環境は、これまでも食料生産や木材供給といった基盤機能に加え、治水、水源涵養、生態系保全といった多様な公益的機能を有してきました。これらの地域資源を、現代のグリーンインフラの視点から捉え直し、新たな価値や機能を見出すことは、農山村地域の持続可能性を高め、地域活性化に貢献する重要なアプローチとなります。
農業・林業分野におけるグリーンインフラの対象となりうる資源
農業・林業が営まれる地域には、グリーンインフラとして活用できる多様な資源が存在します。主なものとしては、以下の要素が挙げられます。
- 農地: 田んぼ(水田)、畑、果樹園、牧草地など。特に水田は、雨水の一時貯留や地下水涵養といった治水機能に貢献します。
- ため池・用水路: 農業用水の供給施設であると同時に、地域における貴重な湿地環境や水辺の生態系を支えています。
- 保安林・里山: 土砂災害防止、水源涵養、生物多様性保全、炭素固定といった機能に加え、地域の文化や景観の核となります。
- 遊休農地・耕作放棄地: 適切に管理されないと荒廃が進みますが、湿地化、草原化、植林などにより新たな生態系サービスの提供や景観向上、地域コミュニティ活動の場として再生する可能性があります。
- 農地周辺の二次林や草地: 生物多様性のホットスポットとなる場合があり、農地と連携した生態回廊としての機能が期待できます。
農業・林業分野におけるグリーンインフラの多機能性
これらの資源をグリーンインフラとして位置づけ、適切に保全・管理あるいは再生することで、以下のような多様な機能や効果を発揮させることが可能です。
- 防災・減災機能: 水田やため池による雨水貯留、保安林による土砂崩れ防止、農地周辺の緑地帯による緩衝帯機能など。流域全体の治水計画において重要な役割を果たします。
- 生態系サービス: 多様な生物の生息・生育環境の提供、水質浄化、大気浄化、土壌形成、受粉媒介など。特に水田生態系や里山生態系は、地域特有の生物多様性を維持する上で重要です。
- 水源涵養・水質保全: 森林による地下水涵養、農地や湿地による水質浄化機能は、下流域における水資源の確保と質に関わります。
- 景観形成・文化保全: 棚田、里山、伝統的な農村景観は、地域のアイデンティティや文化を形成し、観光資源ともなります。
- レクリエーション・教育機能: 里山での散策、農業体験、自然観察などを通じた健康増進、環境学習の機会を提供します。
- 地域経済への貢献: エコツーリズム、グリーンツーリズム、特産品の開発、地域ブランドの向上など、新たな経済活動を生み出す可能性を持ちます。
地域資源を活かしたグリーンインフラ推進の視点
農業・林業分野においてグリーンインフラを推進するためには、いくつかの重要な視点があります。
- 多機能性の評価と可視化: 個々の農地や森林が持つ多機能性を科学的に評価し、その価値を関係者や住民に分かりやすく示すことが重要です。治水効果や炭素吸収量などのデータを示すことで、政策決定の根拠となります。
- 関係者間の連携強化: 農林業者、地域住民、NPO、研究機関、そして行政が密接に連携し、共通認識を持って取り組む必要があります。特に土地所有者である農林業者の理解と協力が不可欠です。
- 既存制度の活用と新たな仕組みづくり: 農業・農村政策や林業政策における既存の助成制度や補助事業、また、地域における合意形成や維持管理のための新たな組織や仕組みづくりを検討します。
- 計画策定と実施: 地域全体の土地利用計画や地域計画の中にグリーンインフラの視点を統合し、具体的な整備・保全計画を策定します。遊休農地や荒廃林地の再生、ため池の改修における多自然工法の導入などが含まれます。
- 維持管理・モニタリング: 導入されたグリーンインフラの効果を持続させるためには、適切な維持管理が不可欠です。IoT技術やリモートセンシングを活用した効率的なモニタリング体制の構築も有効です。
課題と展望
農業・林業分野でのグリーンインフラ推進には、土地所有構造の複雑さ、維持管理負担、関係者間の利害調整、経済性の評価といった課題が存在します。しかし、これらを克服し、農山村地域の資源をグリーンインフラとして戦略的に活用することは、地域固有の課題解決に加え、都市部を含めた流域全体や広域的な環境課題の解決に貢献する大きな可能性を秘めています。
まとめ
農業・林業分野における豊かな地域資源は、治水、生態系保全、景観形成、地域活性化など多様な機能を持つグリーンインフラとしての高いポテンシャルを有しています。これらの資源の価値を再認識し、関係者間の連携のもと、多機能性を引き出す取り組みを進めることは、農山村地域の持続可能な発展と、国土全体のレジリエンス向上に不可欠であると考えられます。